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「平和派(ハト派)こそ、頭に超がつく現実主義者(リアリスト)でなければならん!」、このセリフを現実世界の首相が言う日は何時?・5247(賛否双方から「グローバル化のリスク」を明示する動きが・・)

ホント、今回のコロナウイルス騒動で「グローバル化に賛成&反対双方から『少なくともリスクがある事は見解が一致』」してきたようでして、少なくとも「今回のグローバル化で米国と並んで恩恵を受けた中国様」への警戒は怠るべきでは‥(思案)

それこそ「カエルの楽園」な展開回避するための「自主防衛なくして同盟なし&同盟とは相互扶助」「令和の大攘夷体制」の履行&構築がまったなし・・(思案)

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コロナ禍が生み出す新しい世界


田中良紹 | ジャーナリスト 5/31(日) 21:40


 新型コロナウイルスで世界一の感染者数と死者数を出した米国では、5月下旬に無抵抗の黒人男性を白人警察官が死亡させた事件の抗議運動が起き、ミネソタ州ミネアポリスでは大規模な暴動となって非常事態宣言が出された。抗議の声は全米に広がる様相を見せている。

 それは28年前の大統領選挙の年に起きた「ロサンゼルス暴動」を思い出させる。当時の大統領はジョージ・H・W・ブッシュで、湾岸戦争に勝利した「戦時大統領」として90%近い支持率を誇っていた。そのためブッシュに挑戦しようとする民主党候補は見当たらず、再選は間違いないと言われていた。

 ところがスピード違反で捕まった黒人男性が多数の白人警察官から暴行を受け、それがビデオカメラで撮影されていたのに、警察官らに無罪の評決が出たため黒人の怒りが爆発した。彼らは暴徒化して商店を襲い、略奪や放火を行った。鎮圧には州兵や連邦軍も出動し、6日後にようやく鎮圧された。

 片田舎のアーカンソー州知事から大統領選挙に挑戦した民主党のビル・クリントンは、景気後退をやり玉にあげ、経済を復活させると連呼して、予想外の勝利をものにする。1期だけで大統領を辞めたブッシュは、ジェラルド・フォード、ジミー・カーターに次ぐ戦後3人目の不名誉な大統領になった。

 コロナ禍で外出禁止であるにもかかわらず、全米22都市で抗議運動が起きている現在の米国を見ると、秋の大統領選挙でトランプは4人目の不名誉な大統領になる気がする。そのためかトランプの焦りは尋常でない。

 G7サミットを6月末に米国ワシントンのキャンプデービッド山荘で対面で開きたいとG7首脳に提案した。すると賛成したのは英国のジョンソン首相と日本の安倍総理である。フランスのマクロン大統領も受け入れた。

 ところがドイツのメルケル首相はコロナ禍の時に対面でやる必要はないと欠席を表明、カナダのトルドー首相も帰国後の自主隔離など多くの問題があると消極的な姿勢を見せた。

 メルケルの欠席にトランプは激怒したと伝えられるが、結局はG7を9月に延期する方向に切り替えた。そしてその時にはG7だけでなくロシア、オーストラリア、インド、韓国の首脳も招くと発表した。テーマは中国問題だという。コロナあや香港の自由を巡り中国包囲網を作る狙いがあるとみられる。

 問題はロシアの参加だ。かつてはG8のメンバーだったが、クリミア半島の領有を巡りメンバーから外された経緯がある。現在もG7各国から経済制裁を受ける中で会議に復帰することが認められるのか。トランプは対中強硬策を大統領選挙で前面に出したいのだろうが、思惑通りいくのか先行きは不透明だ。

 トランプにすぐ従う英国と日本、距離を保つドイツとカナダという図式はコロナ対策の「成績」を見事に表している。コロナ対策で評価を高めた政治家はドイツのメルケルで、彼女の国民への語りかけは国民を感動させ、移民受け入れで下がっていた支持率が60%台に回復した。手厚い支援策を講じたトルドーのコロナ対策もカナダ国民から支持されている。

 一方、コロナ対策で国民の支持率が低下したのはトランプ大統領と安倍総理である。トランプが自身を「戦時大統領」と規定した時には少し支持率を上げたが、その後は首をかしげたくなる妄言を繰り返した。「紫外線を体内に当てる」とか「消毒液を注射する」治療法に言及し、全米の死者が10万人を超えても「コロナ対策は成功した」と自賛する。支持率は民主党のバイデン候補に及ばない。

 安倍総理も同様だ。トランプに媚びへつらうあまり対米貿易黒字を増やせない。それを穴埋めするのが「観光立国」の政策だった。中国富裕層のインバウンドを当てにして、中国政府が武漢市を封鎖しても水際対策を取らずに中国人観光客を入国させた。

 「観光立国」の切り札は「東京五輪」だが、「東京五輪」を中止させないため検査数を増やさず感染者数を低く抑える政策を採り、「東京五輪」が延期に決まると一転して押さえ込みを強化するため感染者数を急増させた。そして金も出さないのに自治体に休業要請を出させ、自治体はなけなしの金で補償せざるを得なくなった。

 国はメディアを使ってコロナの恐怖を煽り、国民は恐怖心から我慢の生活を強いられた。ところが安倍総理はトランプから「経済再開に舵を切れ、米国製人工呼吸器を買え」と言われる。各国はパンデミックの今後に備え、国が奨励して自前のマスクや医療機器の製造に力を入れているのに、日本は外国依存の構造から抜けられない。

 韓国はコロナ対策のため防衛予算を削減したが、日本は防衛費を削減できない。米国製兵器の購入を減らすことができないからだ。トランプの言いなりになればそういう結論になる。そしてトランプに対する媚びへつらいがコロナ後の日本を不透明にする。なぜなら対米貿易黒字を減らすための「観光立国」路線が立ち行かなくなるからだ。

 奇跡でも起こらない限り「東京五輪」の来年夏開催は難しいだろう。コロナ禍でこれから企業倒産と大失業時代が訪れようとする時に、開催される見込みの薄い「東京五輪」に回せる金などないはずだ。これまでの考え方を早く切り替えないと大変なことになる。

 安倍政権の目玉政策であった「東京五輪」と「カジノ誘致」は消えたに等しい。航空業界や観光業界がコロナ禍以前の状態に戻るにはおそらく3年から5年はかかると思う。今考えるべきは、軍事で米国頼み、経済で中国頼みだったこれまでの日本の生き方や考え方を見直すことだ。

 思い起こせば冷戦が終わって旧ソ連が崩壊した時、米国は唯一の超大国として世界に君臨することになる。その頃、米国議会情報を日本に発信していた私はワシントンに事務所を持ち、日米間を頻繁に往復していた。ワシントンに行くたびにダレス国際空港から市内に行く途中の光景が変化する。

 雑木林が切り拓かれ建物が次々に建っていくのだ。それが何かを調べるとシンクタンクだった。世界を支配するとはそういうことかと思った。何よりも情報を集めることが重要なのだ。中には世界中の空気を採取して分析している研究所もあると聞いた。

 つまり環境問題でも医療問題でも米国は常に世界のトップランナーでなければ世界を支配できない。その頃の米国であれば新型コロナのパンデミックでも各国の先頭に立って問題に対処していたと思う。しかし現在の米国はまるで違う。米国製人工呼吸器を買えと要求はするが、WHOへの資金を凍結するとか脱退すると言って憚らない。

 そして責任をすべて中国に押し付け中国包囲網を作ろうとする。もはや超大国としての役割を放棄したのだ。いやもっと正確に言うと、いったん放棄することで再び世界を支配する機会を狙おうとしている。何がそうさせているか。

 「21世紀はグローバリズムの時代になる」と言ったのはクリントン大統領だ。米国はITとデジタル技術で情報革命を起こし、金融と情報の世界で覇権を握った。製造業で勝る日本を打ち負かすため、中国と戦略的パートナーシップを結び、中国を「世界の工場」に押し上げた。同時に米国式の民主主義を世界に広めようとした。

 それが世界各地で摩擦を生む。特に中東のイスラム過激派がキリスト教思想の押しつけに反発し、次のブッシュ(子)大統領就任直後に同時多発テロを引き起こす。その報復にブッシュ(子)が「テロとの戦い」に踏み出したことが米国をベトナム戦争以上の泥沼に引きずり込んだ。

 泥沼から抜け出るために米国民は初の黒人大統領オバマを選ぶ。しかしオバマは中東からの米軍引き上げに失敗した。その反動が白人至上主義のトランプを大統領にする。2人とも目的は「世界の警察官を辞める」という点では同じだ。ただやり方がリベラル的か反リベラル的かで違う。

 言い換えれば「グローバリズム」と「自国第一主義」の違いである。トランプの「自国第一主義」は国際協調に背を向ける。コロナ禍が起こると米国製マスクを輸出禁止にした。すると中国は国際協調を演出する。欧州各国に中国製マスクを提供した「マスク外交」はその典型だ。コロナ禍でその対比が鮮明になった。

 コロナ禍が生み出す新しい世界は、今のところグローバリズムと自国第一主義のせめぎ合いになると見える。しかし私はそれよりもコロナに対応した国々の中で評価の高いドイツやニュージーランド、台湾、韓国、それから唯一通常の生活を維持したスウェーデンの例が人類にとってこれからの生き方を示しているように思う。

 特にスウェーデンは休業も休校もせず、通常の生活を維持して「集団免疫」を目指した。ロックダウンをしないと感染者数も死者数もある程度は増える。しかし国民の多くが感染することで抗体が出来、感染を終息させることが出来る。それは各国から痛烈に批判されたが、しかしスウェーデンは自身の生き方を貫いた。

 その根底にあるのはウイルスとの共存、もう少し言えば自然との共存という思想である。そもそも感染症は人間が自らの欲望のために自然を破壊するところから生まれた。農業を始めたところから感染症の歴史は始まる。従ってウイルスとの戦いに終わりはない。ワクチンを開発しても次の新たなウイルスが出てくるだけだ。

 今回コロナ被害の大きかった国々は、米国や英国のように、自然を征服しようと考え、利益優先の新自由主義思想が強かったところだ。その意味ではコロナ禍によって「小さな政府の時代は終わった」と私は思う。我々は自然との共生、共存を真剣に考えなければならない。そうした国が新しい世界で生き残れると思う。

 コロナ対策に続いて黒川問題でも窮地に立った安倍総理は、当初予定されていたキャンプデービッドのG7の前にロシアのプーチン大統領と会談し、外交での得点を狙っていたらしい。しかしトランプが9月に延期したことで空振りになった。だがトランプと同様にまだあの手この手を考えているようだ。

 コロナの対応で安倍総理の無能ぶりが国内外から指摘されている。にもかかわらず、コロナが続く限り誰も現職総理の足を引っ張ることはできない。東日本大震災の時、その無能ぶりを批判された民主党の菅直人総理もしぶとく居座り続けたことを思い出す。

 いずれにしても11月にトランプの再選がなくなれば、安倍総理の強力な後ろ盾は消える。それまで「死に体」のまま居座り続けることになるのだろうか。コロナ禍の日本にそれほどの余裕はないと思うが、政権を支える与党の議員たちは何を考えているのだろうか。早く路線を切り替えないと日本は新しい世界で生き残ることが難しくなる。 (Yahoo!より抜粋)



感染拡大を促そうともグローバル化は止められない


5/30(土) 9:30配信 JBpress


 今から5~7万年前のことです。ホモ・サピエンスがアフリカを出て世界各地に散らばりはじめました。現在の研究では、もともとアフリカを居住地としていた人類のうち、約5000人がこの「出アフリカ」に加わったとされます。

 そこから人類は、数万年の歳月をかけて世界中に居住するようになります。では、なぜ人類は出アフリカをすることになったのでしょうか。

■ 種の生存のための「出アフリカ」

 その原因は諸説あります。「アフリカの気候が寒冷化したから」とか、「食料が不足したから」などと説明されることが多いのですが、私は、人類という種が生き延びるために、さまざまな場所に居住するという選択をしたのではないか、と考えています。

 もし、いくつもの地域に人類がバラバラに居住していたなら、ある地域の人類が病気や災害、飢餓などで滅亡しても、別の地域の人類は生き延びることができます。人類が居住するようになった気候区は本当に多様であり、ある気候区で疫病が発生したとしても、その地域で定住した人々と他の地域に住む人類が没交渉であれば、他地域の人類に被害は及びません。すべての種の最大の目的が「種の保存」であるということを考慮に入れれば、より多様な居住空間を求めてアフリカを出ていくという選択は、きわめて理にかなっていたはずです。


 いくつもの地域に移動するために、ホモ・サピエンスが主に用いた手段は「徒歩」でした。一定の集団で歩き続け、その中からある地域に定住するもの、そしてその人たちとは別に、ある地域から別の地域へと移動する者もいます。そういう行動を積み重ね、人類は実に多様な地域に居住するようになりました。

 移動の手段が徒歩である時代は長く続きましたが、16世紀の大航海時代から、海による長距離の移動が加わりました。この時を境に、人類と感染症の関係も急速に変わってきます。世界中に疫病が蔓延する可能性が強くなったのです。

■ 定住と疫病

 移動した先に定住した人々は、そこで「文明」を発展させました。しかし、それは感染症との闘いの始まりでもありました。

 定住して農業に従事し、家畜を飼うようになると、動物や蚊からの感染症が流行することになります。動物由来の感染症としては、狂犬病、サルモネラ症、デング熱、日本脳炎、炭疽などがあります。

 また定住し集団生活するようになるに伴って、ヒトからヒトへうつる伝染病も発生しやすくなりました。われわれになじみ深いインフルエンザも、もともとは鳥インフルエンザウイルスが突然変異を起こし、ヒトに感染するようになったと言われています。それがヒトからヒトへと急速に感染を広げることになりました。天然痘、ペスト、コレラなども、ヒトからヒトへ感染し、多くの命を奪ってきた病気です。

 こういったヒトからヒトへうつる伝染病は、狩猟採集時代には見られなかったものです。そもそも人口密度が低く、現在で言う3密のような状態は、その時代には存在しなかったからです。

 さらに、農業の生産高が高まり、余剰生産物が増えるようになると、農業以外で生活の糧を得る人々が生まれ、商業や手工業が発達します。それらに従事する人々は、やがて都市に住むようになります。

 都市の人口密度は高くなることで、疾病はさらに発生・感染拡大しやすくなりました。家畜に由来する感染症が都市で発生すると、瞬く間に都市じゅうに広がります。都市は閉鎖された空間ですから、人々が疫病に感染しやすい環境とも言えるのです。

こうして人びとは、長い年月をかけ、より疫病に感染しやすい世界を形成していったのです。

■ 新世界と旧世界

 六大文明で栽培されていた主要穀物は、メソポタミア文明が麦類、エジプト文明が小麦、インダス文明が麦類、黄河文明が小麦やアワ・キビ、長江文明がコメ、古代アメリカ文明がじゃがいもとトウモロコシでした。

 世界の四大穀物といえば、ムギ、コメ、じゃがいも、とうもろこしです。そのうちの二つが、古代アメリカ文明で栽培されたものだったということは、注目に値します。

 古代アメリカ文明で栽培されていたじゃがいもとトウモロコシは、旧世界では長らく知られていませんでした。大航海時代以降、それらが旧世界に伝わると、そこに住む人々のカロリー摂取量は増加し、さらに人口の増大に寄与しました。これにより旧世界で人口密度が高まり、さらに疫病に罹患する可能性は高まることになりました。

 食糧生産が増加すると、都市に住む人々が増加します。するとますます、疫病が流行しやすくなるのです。

 またコロンブスが新世界を発見した1492年以降、スペイン人を中心とするヨーロッパ人が新大陸を侵略します。彼らの侵略と同時に、当時新世界にはなかった天然痘や結核菌が持ち込まれることになりました。ヨーロッパ人が免疫を持っている病気でも、新大陸のインディオたちにとっては未知の病気です。天然痘や結核に対して免疫を持たない彼らは、数千万単位で死亡したと伝えられています。

 マヤ文明やアステカ帝国がスペイン人によって簡単に征服されたのも、スペイン人の武力ではなく、彼らには免疫がない天然痘と結核のためだったと考えられています。


 一方で新世界からヨーロッパに持ち込まれた病気もあったようです。梅毒は、もともと西インド諸島の風土病で、コロンブスの航海に参加していた乗組員が現地の先住民女性と性交渉し、その後スペインに戻って発症したことで、ヨーロッパに梅毒が伝わったという説が有力視されています。実際、大航海時代のことでしたので、この病気は世界中に広まることになります。

 たとえば、日本では、1512年に最初の梅毒患者が出たとされます。ちなみに、鉄砲の伝来は1543年のことであったといわれています。鉄砲よりもはるかに早く梅毒は日本に入ってきたのです。

 大航海時代になり、人々の移動の速度が速くなると、疫病の伝播のスピードもそれにつれ速くなります。

■ 蒸気船時代のパンデミック「コレラ」

 コレラは、コレラ菌によって感染します。コレラそのものはすでに前300年頃のインドに存在していたことがわかっています。それが世界的に流行したのは、19世紀になってからのことでした。しかも19世紀だけで、6回のパンデミックを引き起こしています。

 19世紀の世界経済は、とくに蒸気船と鉄道によって一体化していきました。そのため、コレラもインド以外の地域に急速に広がり、アフリカからヨーロッパ、さらにはアメリカ大陸、しかも開国したばかりの日本にまで伝染してきました。文字通り、パンデミックになったのです。

 コレラがインド以外で流行した理由の一つに、ヨーロッパ都市の不衛生さがあげられます。産業革命がヨーロッパ各地で進むと、都市化がさらに進みます。都市の人口密度が高まるのに、当時の衛生設備は貧弱でした。もちろん現在のような下水設備はありません。さまざまな感染症が蔓延することは避けられませんでした。

19世紀中頃のイギリスのテムズ川には、汚染物質が大量に流れ込み、悪臭を放っていたそうです。このような不衛生な状態は、程度の差はあれ、ヨーロッパの各都市に見られたものです。そのため19世紀のヨーロッパでは、コレラが何度も流行することになりました。

 その後、公衆衛生に関する知識が普及するにつれ、コレラの流行はなくなっていきました。

■ われわれの選択は正しかったのか

 今や、世界中のほとんどの地域には、24時間以内で到着することができるようになりました。多忙なビジネスパーソン、大金持ちは、プライベートジェットを使って、世界を飛び回ります。

 これほど飛行機が世界各地を結ぶ時代ですから、疫病はあっという間に世界に広がります。新型コロナウイルスにしても、世界中の人々が感染するのに、せいぜい2~3カ月しかかかっていません。初期の感染者は確認されていないだけで、おそらく現実にはもっと短い時間で、コロナウイルスは世界に蔓延したのではないでしょうか。

 グローバリゼーションが進み、国境を越えるのが容易になると、疫病は簡単に伝播します。グローバリゼーションとは、良いことばかりのように思われますが、このようなマイナス面があることも、今回の出来事ではっきりと認識されるようになりました。

 そもそも出アフリカは、「多様な地域に分かれて住んだほうが種としての人類は滅びにくくなる、そのための選択肢だった」と私は述べました。仮に、当時の人類が本能的にそのような選択をしたのであれば、大移動の先にあった定住化から都市化という流れは、逆に人類を感染症にかかりやすい状況に追い込んでしまったと言えるかもしれません。

 グローバリゼーションは、その人類と感染症の関係を、さらに悪化させていると言っても良いかもしれません。しかし、われわれが今後、「パンデミックが怖いので、グローバリゼーションの流れを後戻りさせよう」などという選択をすることはまずありません。グローバリズムのあり方についてさまざまな工夫をしていくことはあるでしょうが、グローバリゼーションそのものをやめるようなことはありません。リスクをできるだけ低下させながら世界が一体化する――そういう方法を考え出すべき時代に突入しているのだと思います。(Yahoo!より抜粋)


マスク生産の中国依存はどうなる ポストコロナ世界のグローバリゼーション

6/1(月) 12:04配信 GLOBE+


新型コロナウイルスは世界で300万人以上を感染させ、20万人以上の命を奪った極めて恐ろしい感染症である。その恐ろしさはただ単に感染力が強いとか、致死率が高いというだけではない。発症してから感染力を持つSARSなどと異なり、新型コロナウイルスは発症前であっても人を感染させ、また無症状の感染者からも感染する。そのため、感染者を発見するのが著しく困難であり、誰を感染させたかもわからない。理論的には世界中にいる人が、どんなに健康そうに見えても感染者である可能性があり、また、自分自身も全く自覚症状を持たないまま感染し、他人を感染させている可能性がある。さらに新型のコロナウイルスであるため、治療薬も治療法も確立しておらず、ワクチンもない。つまり、この感染症との戦いの唯一の武器は人と接触しない、ということである。

そのため、感染拡大が続く各国では都市封鎖のような強烈な措置から、日本における外出自粛要請などのソフトな措置に至るまで、様々な形で人との接触を減らす手段を取り、それが各国の経済活動に大きなストレスとなっている。中国の1-3月期のGDPは-6.8%、アメリカの第一四半期は-4.8%など各国とも軒並み経済成長率が下降しており、おそらく第二四半期にはさらなる落ち込みとなることは確実である。アメリカでは8週間で失業保険申請者数が3600万を超え、大恐慌以上の経済的混乱も予想されている。新型コロナウイルスとの戦いで唯一の武器は人との接触を避けることとはいえ、この状態を永遠に続けるわけにはいかない。

実際、各国で経済再開を求める動きは激しくなってきている。アメリカのいくつかの州では武装した集団が組織する反ロックダウンデモが起きており、また、イタリアやスペイン、フランスでも長期のロックダウンに耐えられず、新規感染者がやや減り始めたところで経済を徐々に再開している。こうした圧力の中で、各国とも徐々に経済活動を再開し、これまで通りとは行かないまでも、正常な経済・社会生活を取り戻すことになるだろう。

ここで大きなジレンマが起こる。人々が経済活動を再開し、人との接触機会が増えれば感染拡大の可能性はより高まる。もちろん、人々は進んで感染したいとは思わないだろうから、マスクの着用や「3密」と言われる密閉・密集・密接な環境を避けるであろうが、それでも無症状の感染者からも感染するため、何らかの不注意や不用意な接触によって再度感染爆発が起きる可能性もある。こうしたことを前提に、ポストコロナの世界で何が起こるかを考える上での補助線を引いてみよう。


グローバル化がもたらした感染拡大
中国で発生した感染症が急速に世界に広まったのは、人やモノやカネが国境を越えて移動し、拡大していったからである。こうしたグローバル化は世界経済を一つに結びつけ、TPPをはじめとした様々な自由貿易協定が結ばれ、より効率的に生産が出来る場所に生産拠点が移り、より多くの商品が売れるところに消費市場が広がっていった。それだけでなく、観光やMICE(企業等の会議<Meeting>、企業等の行う報奨・研修旅行<Incentive Travel>、国際機関・団体、学会等が行う国際会議 <Convention>、展示会・見本市、イベント<Exhibition/Event>)など、国境を越えて人が移動することで生まれるビジネスが盛んになり、グローバル化はあたかも所与の条件として世界経済を動かすものとして考えられてきた。

しかし、そのグローバル化が新型コロナウイルスを拡散し、さらに世界が同時に感染拡大を経験したことで、それに対して必要なマスクや医療用ガウン、使い捨て手袋などの医療防護具、そして人工呼吸器やECMOとよばれる人工心肺などの装置の需要が急速に伸びた。こうした医療防護具の生産の中心は中国であり、人工呼吸器などは欧州での生産が盛んであった。そのため、日本やアメリカはこれらの防護具や機器の備えが足りず、一体化した世界市場において「マスク争奪戦」や「人工呼吸器争奪戦」が起きる結果となった。



鎖国化する国々
他方で、グローバル化した世界から自国を守ろうとする動きが激しくなっている。全ての国家にとって、感染拡大を抑え込むことが最優先課題となる中、感染者が外部から流入することはもっとも望まないことの一つである。ゆえに各国は国境を閉ざし、外国に住む人々を国に帰還させ、鎖国とも言える対応を取らざるを得なくなっている。社会にとって人との接触機会を減らすことが感染拡大を防ぐ唯一の武器であるのと同様に、国際社会においては国家間の接触を減らすことが感染拡大を防ぐ武器なのである。今や国境管理と検疫は、空母やミサイルと同様、安全保障上の問題になったといっても過言ではない。

これは仮に感染が収まり、経済活動が再開したとしても継続されるものである。いや、むしろ感染が一国内で収まったとなればなおさら外国から感染者が入ってくることに対して警戒しなければならない。日本においても、当初中国からの感染者が起点となって広がった第一波がある程度収まった3月半ばに欧州からの帰国者が感染しており、それが第二波を生み出したことが明らかにされている。特に途上国において今後感染が拡大していくとなると、医療資源の乏しい国では感染が長期間にわたって続く可能性がある。例えば中東が発生源となったMERSは2012年に感染が確認され、それが2015年に世界的に拡大し、最後の感染者が確認され、終息したのは2019年である。MERSも飛沫感染や接触感染によって広がったが、その感染力は新型コロナウイルスほど強くなく、発症した後に感染力を持つため、封じ込めることが可能であった。しかし、新型コロナウイルスは潜伏期間や無症状の感染者からも感染するため、封じ込めることが難しく、世界のどこかで感染が続く限り、「鎖国」を続けなければならない。なぜなら、感染が終息していない国だけでなく、その国から第三国を経由して感染者が入国してくる可能性があるからである。ゆえに「鎖国状態」は長く続くことになるだろう。

これが特に明らかなのが、EUの域内での移動の自由を保障していたシェンゲン協定の無効化であろう。シェンゲン協定はEUの域内市場での統合を進める上で重要な役割を果たし、欧州が一体化する象徴でもあった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めるべく、各国はシェンゲン協定の緊急事態条項に基づき、国境を越えた人の自由移動を停止した。これはシェンゲン協定の規定に基づいた行動であるため、経済再開に伴って徐々に緊急事態を解除し、感染が収まりつつあるルクセンブルクとドイツの国境など、限定的ながら解除に向かう状況にはある。また同様に、共に感染が収まりつつあるオーストラリアとニュージーランドの間でもタスマニアン・バブルと呼ばれる二国間限定の往来を認めるようになっている。このように慎重に慎重を重ねながら人の自由移動が再開するであろうが、当面「鎖国状態」が必要とされる限り、全面的な渡航禁止の解除することも出来ない状況が続くであろう。

二元化する人の移動
世界が「鎖国状態」を続けるとなると、人の動きは停滞する。すでに現状では人の移動が止まり、航空会社をはじめ、これまで世界中で人が移動することを前提にしてきた運輸、交通、観光といった産業は極めて大きな打撃を受けることになるだろう。そして、この人の移動の停滞はこれまでのグローバル化のかたちを大きく変えることになるだろう。

一つには、これまでMICEやビジネス目的の移動が止まったとしても、それらのビジネスは引き続きグローバルであり続ける。新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、望むと望まざるとにかかわらず、テレワークを導入せざるを得なくなり、これまでの働き方が変わってきている。これまでは時間と費用をかけて通勤し、出張することでビジネスを行ってきた人たちは、既に職場がコンピュータのスクリーンの中で完結するようになっており、テレワークで職場の会議をすることと、外国に出張に行って商談をすることに大きな差がなくなっていく(当然時差の問題は残るが)。そうなると、世界が「鎖国状態」を続けても、こうしたホワイトカラーのビジネスは引き続きグローバルであり続ける。

しかし、他方で人の移動がグローバル化に大きな障害となることもある。それが労働集約的な職場で働く人たちが集まらなくなる、ということである。多くの先進国で、農業の収穫期に大量の労働力を必要とするため、季節労働者を外国から雇い入れてきた。また、工場なども繁忙期に外国人労働者を活用することで人件費を抑制しながら事業を行ってきた。さらに、三次産業であってもビルの清掃や家事労働など、移民労働者に依存する経済が定着してきた。しかしながら、「鎖国状態」が続くことになれば、農家では収穫することが出来ず、工場は人手不足となり、先進国の生産性を支えてきた家事労働者が消えてしまうことになる。既にフランスでは移民労働者が農場からいなくなったことで困難に陥り、ロックダウンによって仕事を失った人たちを農業労働者としてかき集めたり、イギリスはすでにBrexitによってEU域内(特に旧東欧地域)からの労働者が帰国しており、新型コロナウイルスでさらに多くの移民労働者がいなくなったことで、ルーマニアにチャーター機を飛ばして労働者を集めるといったことを行っている。日本でも技能実習生の形で農家を手伝っていた外国人労働者がいなくなり、農作業が困難になっている。

戦略的産業の内製化
新型コロナウイルスのグローバルな感染拡大によって、国境における入国管理(感染管理)が強化されるが、それと同時に各国の自律性の強化も進んでいく。それは今回の新型コロナウイルスの感染によって明らかになった、人の命を守るための製品は戦略的製品であり、それらは国内で生産されなければならない、つまり中国に依存するわけにはいかない、というものである。既に述べたように、世界が一つの市場になったことで「マスク争奪戦」が起きたわけだが、それは感染症対策に不可欠な医療防護具の生産を、もっとも効率の良い中国での生産に依存してきたからである。これまでは「戦略的産業」といえば軍事部門に直結する製造業、ハイテク産業であり、また5Gの問題に見られるITや人工知能(AI)などのエマージング・テクノロジーであった。しかし、今回明らかになったのは、マスクなどの医療防護具に加え、新型コロナウイルスの治療薬やワクチンの生産を可能にする製薬会社なども「戦略的産業」に含まれる、ということである。人の命がかかる感染症は安全保障に準ずる、国家の存亡に関わる問題であり、兵器やエマージング・テクノロジーと同様に、マスク生産工場も国内で維持しなければならない、という「戦略的産業の内製化」という課題が浮き上がった。

しかし、新型コロナウイルスのような致死性が高く、感染力の強い感染症はそう頻繁に起こるわけではない。通常の状態であれば、マスクのような低付加価値製品は、アメリカや欧州で生産するにはコストが高すぎ、産業競争力を持たない。そのため、「戦略的産業」として位置づけ、内製化を進めたとしても、その産業を平時に維持することは極めて困難である。これが防衛産業やIT産業であれば、国家がてこ入れをして産業を支えることが出来るが、マスクの生産を継続的に維持することは極めて難しい。その意味では、世界がBrexitして人の移動は管理しても、ウイルスを運ぶことのないモノやカネの移動は自由な移動が継続される以上、比較優位の原則が働き、先進国におけるマスク産業は衰退し、結局中国に依存するという構造は残る。つまり、人のグローバル化は一定程度の期間、歯止めがかかるだろうが、モノやカネのグローバル化が止まるわけではない。そんな中で、各国に課された課題はポストコロナの世界で、「鎖国状態」を続けながら航空業界や観光業界などの産業再編を受け止め、モノやカネのグローバル化が続く中で競争力を維持しつつ、「戦略的産業を内製化」出来るか、ということになるだろう。(Yahoo!より抜粋)


すばらしい「まだら状」の新世界──冷戦後からコロナ後へ




6/1(月) 16:44配信 ニューズウィーク日本版



冷戦後、自由主義と民主主義の理念が世界を覆うように思われた。しかし、実際にはイスラーム過激派が台頭、米欧は内部に深い亀裂と分裂を抱えている。コロナの夜が明けた時に世界秩序はどう変わっているか。



【池内 恵(東京大学先端科学技術研究センター教授)】冷戦が終結した時、三〇年後の世界がこのようなものになっていると、誰が予想しただろうか。フランシス・フクヤマは『歴史の終わり』で、自由主義と民主主義が世界の隅々まで行き渡っていく、均質化した世界像を描いた。それに対してサミュエル・ハンチントンは『文明の衝突』で、宗教や民族を中心にした歴史的な文明圏による結束の根強さと、それによる世界の分裂と対立を構想した。

いずれの説が正しかったのだろうか? 確かに、世界の均質化は進み、世界の隅々まで到達したインターネットとスマートフォンの上で、自由主義や民主主義の理念も、気軽に手にして呼びかけることができる商品であるかのように普及した。しかしそれらが現実の制度として定着し、実現しているかというと、心もとない。

それではハンチントンの言う「文明の衝突」が生じたのか。確かに、冷戦終結直後のバルカン半島の民族紛争や、二〇〇一年のアル=カーイダによる九・一一事件をきっかけとした、米国とイスラーム過激派勢力とのグローバルなテロと対テロ戦争の応酬、二〇一四年のイラクとシリアでの「イスラーム国」の台頭、といった事象を並べれば、世界は宗教や民族による分断と対立によって彩られているように感じられる。しかし実際の世界は、文明によって明確に分かたれていない。文明間を分け隔てる「鉄のカーテン」は、地図上のどこにもない。

むしろ「文明の内なる衝突」の方が顕在化し、長期化している。イスラーム過激派は世界のイスラーム教徒とその国々を、国内政治においても、国際政治においてもまとめる求心力や統率力を持っていない。実際に生じているのは、イスラーム教徒の間の宗派対立であり、イスラーム諸国の中の内戦であり、イスラーム諸国の間の不和と非協力である。

求心力と輝きを失う、米国と西欧
「イスラーム国」やアル=カーイダの脅威を受けるのは、なによりもまず中東やアフリカのイスラーム諸国であり、人々は宗教規範を掲げた独善を武力で押し付けるイスラーム過激派の抑圧から逃れるには、劣らず抑圧的な軍部・軍閥の元に庇護を求めるしかない、という苦しい選択を迫られている。

これに向き合って、自由主義と民主主義の牙城となるはずの米国や西欧もまた、求心力を失い、内部に深い亀裂と分裂を抱えている。「欧米世界」の一体性と、その指導力、そしてそれが世界を魅了していた輝きは、多分に翳りを見せ始めている。「欧米世界」は、外からは中国やロシアによる地政学的な挑戦を前にじりじりと後退を余儀なくされ、内からは、英国のEU離脱、米国のトランプ政権にまつわる激しい分断に顕著な、揺らぎと分裂の様相を示している。冷戦後に「欧米世界」に歓喜して加わった東欧諸国をはじめとしたEUの周縁諸国からは、あからさまに自由主義や民主主義をかなぐり捨て、ポピュリズムと権威主義の誘惑に身を投げるかのような動きが現れている。

歴史は自由主義と民主主義の勝利で終わったわけでもなく、まとまりをもった巨大文明圏が複数立ち上がって世界を分かつこともなさそうである。

現在の世界秩序を何と呼べばいいのだろうか? 私は試みにそれを「まだら状の秩序」と呼んでみている。「まだら状」とは何か? それははたして「秩序」と言いうるものなのか?

現在の世界地図は、政治体制によっても、宗教や民族によっても、明確に分かたれていない。自由主義とイスラーム主義といったイデオロギーによる断裂の線は、地理的な境界を持たず、中東でもアフリカでも、欧米の国々でも、社会の内側に走っている。

個々人の内側も、一方で、手にしたスマートフォンを今更手放せないのと同様に、慣れ親しんだ自由を享受せずにはいられないにもかかわらず、他方で、強い指導者に難問を委ね、即断即決の強権発動で解決してもらおうという心性に、知らずのうちに侵食されている。ここに「まだら」な状態が生じてくる。

「イスラーム国」が示した、「まだら」な秩序変化
「イスラーム国」は、世界が様々な脅威によって不意に「まだら」に侵食されて変容する秩序変化のあり方を、先駆的に示したものだったと言えるのではないか。二〇一四年から二〇一八年にかけて急速に支配領域を拡大し、そして急速に消え去った「イスラーム国」という現象は、旧来の世界史記述にあるような帝国や国家の盛衰とは、メカニズムを異にする。組織的な中央政府が秩序立った軍を整備して領域を拡大し、周辺諸国を「併呑」して国境線を外に広げていくのではなく、各地にポツポツと現れた「イスラーム国」への共鳴者たちが、それぞれの街区や町や地域を支配して、「まだら状」に支配領域を広げていく。従来の国家が国境と領土の連続性と一体性を原則とし、面的に広がっていくことを競ったのに対して、「イスラーム国」は地理的な連続性と一体性に囚われない。まるで散らばった水滴が繋がって水たまりとなり、池となり、やがては大海となるかのように、分散した主体が、各地で同じ方向の同じ動きを繰り返すうちに、外的環境が整うことによって結びつき、奔流のような勢いを持ち始める。

これを既存の国家や国際システムが押さえ込むには、多大な労力と犠牲を必要とする。「イスラーム国」のメカニズムは、イスラーム教の共通の規範体系という前近代に確立された「インフラ」を、グローバル化による移動の自由の拡大、情報通信の手段の普及という現代のインフラと結合させ、双方の恩恵を存分に受け、活用したものだった。確固とした中央組織を持たず、インターネットを通じて不特定多数に対して、イスラーム教の特定の規範の履行義務を繰り返し呼びかけ、自発的な呼応を誘う。これによって各地に「まだら状」に現れた同調者・小集団が個別に行う運動を、インターネット上で集約し、一つのものとして発信し、認知させる。それがまた新たな呼応者を生んでいく。

各個人がイスラーム主義の理念に惹かれ呼応する、内なる動因に依拠した運動を抑圧するには、多大な自由の抑圧を伴いかねない。イスラーム過激派を抑圧するための行動が、自由主義と民主主義の抑圧をもたらしてしまうというジレンマである。「イスラーム国」が活性化した二〇一四年から二〇一八年にかけて、それを根絶するために、自由主義と民主主義の側が自らの理念を返上し、結果的に「イスラーム国」の理念が勝利するというディストピアの実現のすれすれまで、世界は知らずのうちに追い込まれたとも言えよう。「イスラーム国」の組織の消滅は、「イスラーム国」の理念を撲滅したわけでもなく、さらに、「イスラーム国」が「まだら状」に発生し拡大することを可能にしたグローバル化と情報通信技術の普及を止めたわけでもない。同様の事象は、条件が変わらなければ、今後常に起こりうる。それは中東やイスラーム世界から起こるとは限らない。グローバルな条件が可能にする、グローバルな危機の震源は、「まだら」な世界地図のひとつひとつの斑点のように、世界各地に、究極的にはわれわれ一人ひとりの内側に、点在している。

世界に広がる、「まだら状の秩序」
この「まだら状」の現代世界をどのように記していけばいいのか? 今回の特集では、中東を中心に、一様ではない各地の情勢を、それぞれの地域に根ざした視点から描いてもらうために、地域研究者を中心に寄稿を呼びかけた。執筆者が位置する場所と背景は、グローバル化を反映して多様で多彩であり、執筆者のアイデンティティを一言で言うことも難しい。「最高指導者と革命防衛隊―イランを支配しているのは誰か?」でイランのイスラーム革命体制の変質を、革命防衛隊による権力中枢の侵食による、ある種の緩慢なクーデタとして描いたアリー・アルフォネ氏は、テヘランに生まれ、デンマークで育った後、現在は米国の首都ワシントンにあるアラブ湾岸諸国研究所に職を得ている。

同じくワシントンのジョージ・ワシントン大学で政治学・中東政治の教鞭を執るネイサン・J・ブラウン教授からは「宗教と国家―エジプトの権力構造における宗教機構」で、イランのシーア派の革命統治体制と対照的な、エジプトのスンニ派の宗教―国家関係の現在を、歴史と制度に遡って解読してもらった。

中東のもうひとつの大国トルコについては、首都アンカラに商工会議所・経済団体が設立したTOBB経済工科大学で国際関係・中東政治を教えるシャーバン・カルダシュ准教授に、中東の秩序崩壊・溶解の中で国家としての一体性を保ち、地域政治における指導力・存在感を高めるトルコの戦略的意図や目標を「戦略的自律性の追求―アラブの春の挫折とトルコ外交」で解説してもらった。

「まだら状」の秩序は中東やイスラーム圏にのみ限定されるものではない。オスマン帝国やペルシア帝国と並んで前近代のユーラシアの秩序を形成していたロシア帝国の周辺領域もまた、秩序が「まだら状」になりやすい条件を備えていると考えられる。これについては廣瀬陽子(慶應義塾大学教授)に「南コーカサスにおける非民主的な「安定」」を寄稿していただいた。さらに、清水謙(立教大学助教)「変わりゆく世界秩序のメルクマール―試練の中のスウェーデン」が示してくれているように、自由主義や民主主義の理念が最も安定して実現していると考えられてきた北欧にも、内なる動揺は忍び寄っているようである。岩間陽子(政策研究大学院大学教授)による「権威主義への曲がり角?―反グローバリゼーションに揺れるEU」と、近藤大介(ジャーナリスト)「習近平の社会思想学習」によって、特集の視野は全世界に及んでいる。

コロナの夜が明けた後の「すばらしい」世界秩序
冷戦後の秩序に染み出してきた斑点のような、変質の兆しを各地の政治の現実から読み解く本特集をどうにか編み終えた時、新型コロナウイルスの爆発的伝播によりグローバル化は急停止し、近代初期か、あるいはそれ以前の状態にまで巻き戻された。国境は閉ざされ、国家はその国民を呼び戻し、グローバルな移動の自由を享受していた人々は不意にその国籍と登録居住地に縛り付けられた。そこに民族の一体感や連帯感は乏しい。国民を呼び戻した国家は、慌ただしく「点呼」するかのように人々を数えるが、その後集団として動員するのではなく、分断し、隔離する。人々はそれぞれの部屋に閉じこもり、人と人との繋がりを極限まで断つことを求められている。公衆衛生のために、人々の私的自由と権利は大幅に制限された。

コロナの夜が明けた時に、世界秩序はどう変わっているのだろうか。グローバル化のインフラに乗って、ウイルスという斑点が急激に現れ、繋がって世界を覆った過程を、われわれはまだ正確に追えていないし、その当面の帰結を飲み込めていない。長期的な帰結についてはなおさらだろう。世界が一変するその直前に、「まだら状の秩序」を凝視する作業によって変化の片鱗を見出そうとしていたわれわれの営為は、危機が去った後に、どのように見えてくるのか。本誌が刊行され、どれだけの時間をかけてでも、いつか読者の目に届いた時に、世界はどう見えているのだろうか。新しい世界が「すばらしい」ものであることを祈っている。(Yahoo!より抜粋)



香港を殺す習近平、アメリカと同盟国はレッドラインを定めよ




6/1(月) 19:36配信 ニューズウィーク日本版



<全人代が国家安全法を香港に導入へ──。諸外国の警告にも動じない中国政府を前に、自由と民主化運動と「一国二制度」は風前の灯火なのか。できることは限られているが、まだ交渉の時間はある>


一国二制度の約束など、とうの昔に忘れたのだろう。中国政府はいよいよ、反体制運動を抑え込む国家安全法を「特別行政区」であるはずの香港に力ずくでも適用しようとしている。それを許したら終わりだ。香港は中国本土の専制的なシステムに組み込まれ、窒息してしまう。【ダグ・バンドー(ケイトー研究所上級研究員)】

1997年にイギリスから中国へ返還されて以来、香港の行政府は基本的に中国本土の御用機関だった。それでも当初、北京からの締め付けは緩かった。それで香港市民の間にも、いずれは本土のほうが「香港化」するだろうという淡い期待が膨らんだ。

しかし、甘かった。中国政府は反抗的な市民を拉致し、立法会(香港議会)の選挙制度を改悪し、民主派が立候補できないようにした。

今年1月、国家主席の習近平(シー・チンピン)は中国政府の出先機関である香港連絡弁公室の長に強硬派を送り込んだ。2月には香港・マカオ事務弁公室の主任を降格させてやはり強硬派をトップに据えた。こうなると現地の行政府は北京の言いなりだ。香港市民を中国本土の法律で縛る準備は整った。

地元紙サウスチャイナ・モーニングポストによれば、国家安全法が取り締まるのは「分離独立派や体制転覆の活動、外国からの干渉やテロ行為」だ。当然、民主派の運動の大半が対象になるだろう。現に中国外務省は諸外国の外交官に宛てた文書で、「香港の抵抗派は以前から外部勢力と結託して本土からの分離独立や政権転覆、不正工作、破壊行為などに関わってきた」と非難している。

ちなみに中国政府の言う国家安全保障上の脅威には中国国歌への不敬行為も含まれ、それを香港で禁錮刑の対象としようとしている。さらに国家安全法の下で香港に「国家安全保障機関」を設置し、「国家安全保障に必要な義務を果たさせる」つもりだ。

5月末の時点で、習政権は香港に適用する国家安全法の具体的な条文を明らかにしていない。だからまだ、中国側が手加減してくる可能性は残されている。法制化の脅しだけで抗議運動は抑え込めると考え、それ以上には踏み込まない可能性もある。だが習政権が中国本土の全域で行ってきた容赦ない反対派弾圧の実態を見れば、そんな期待は吹き飛ぶはずだ。

中国政府が香港の反体制派を徹底的にたたきつぶそうとするのは間違いない。彼らが新疆ウイグル自治区でやってきたことを見れば一目瞭然だ。彼らは既に香港での抗議行動を「テロ行為」と呼んでいる。ひとたびテロリストの烙印を押せば、何でもできることになる。

<毛沢東の時代に後戻り>





香港への支配を強める習近平 CARLOS GARCIA RAWLINS-REUTERS
想定外の事態ではない。イギリスは香港の「返還」に合意した時点で、あらゆる影響力を失った。香港の自治を50年間(2047年まで)は維持するとの約束は取り付けたが、約束を守らせる手段は何もなかった。

中国側の本音はすぐ明らかになった。2003年、北京の意向を受けた香港政府は今回と同じくらい露骨な国家安全条例を持ち出し、議会で成立させようとした。あのときは市民の大規模な抗議行動で撤回を強いられた。しかし当時の中国政府は今とは違う。当時の指導者・胡錦濤(フー・チンタオ)は、習ほど強引ではなかった。

<コロナの隙に一斉逮捕>

2012年に習が実権を握って以来、中国は毛沢東の時代に後戻りしている。習は共産党と政府の権限を拡大する一方、自分自身への権力集中に努めてきた。毛沢東の死後はそれなりに共産党の権威が揺らぎ、統制が緩む時期もあったが、今は違う。10年前に比べてもずっと自由が少なく、統制が強まっている。

そして今、中国政府は香港の現状を放置できないと考えているようだ。昨年には香港在住の容疑者を中国本土に引き渡す逃亡犯条例改正案が、住民の大規模な抗議運動によって葬られてしまった。

もはや現地の行政府や議会には任せられない。習政権はそう判断し、だからこそ本土の国家安全法を香港にも適用すると決めた。年内には香港の立法会選もある。制度上は親中派が絶対に勝てる仕組みになっているが、昨年の香港区議選では親中派が惨敗を喫している。

油断はできない。議会の多数を民主派に握られてからでは遅い。だから習政権は先の全国人民代表大会(日本の国会に相当)で、国家安全法を香港にも適用すると決した。これが施行されたら、香港の民主派も中国本土の法律で裁かれることになる。

民主派の政治家を立法会から排除するのは簡単だ。タイの軍事政権がしたように、新法を過去にさかのぼって適用できることにすれば、今までの言動を理由に民主派の立候補資格を取り消すことができる。そうすれば、立法会での親中派優位は今後も揺るがないことになるだろう。

当然のことながら、中国共産党も自分たちが嫌われていることは承知している。昨年6月末に発表された香港の世論調査でも、自分のことを「中国人」と見なす香港市民は約10人に1人しかおらず、30歳以下の若者の大半は自分を「香港人」と見なしていた。

それでも中国側は、外国の勢力が反感をあおっているせいだと非難する。香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官も、学校教育の偏向を批判している。

<「香港民主主義の父」も逮捕>
その一方、新型コロナウイルスのせいで大規模な街頭行動がしにくくなった状況を、香港警察が見逃さなかった。4月下旬には民主派の有力な指導者15人を逮捕。その中には「香港民主主義の父」と呼ばれる81歳の弁護士・李柱銘(リー・チューミン)や民主派の新聞「蘋果日報」(アップル・デイリー)の発行人・黎智英(リー・チーイン)もいた。

この15人の容疑は、昨年の夏に若者たちの大規模な抗議行動が起きたとき「違法な集会」を組織したというもの。中国外務省も彼らに「香港における問題分子」というレッテルを貼った。彼らは長期にわたり収監される可能性が高い。当然、民主派の市民は大挙して街頭に繰り出して抗議したが、重武装の警官隊に蹴散らされた。

それでも今までなら、これほどの弾圧に対してはもっと大規模な抗議行動が起きたはずだ。習政権としては、ウイルス感染の恐れがあれば抗議行動は盛り上がらないと踏んでいるのかもしれない。

<制裁で困るのは香港人>

なにしろ習にとって、新型コロナウイルスの蔓延は想定外だったようで、初期対応の遅さは一般の国民からも批判された。だからこそ、ここで強い指導者のイメージを打ち出したいという思惑もあるようだ。なりふり構わず、ここで香港を締め付ければ国内の保守派は喜ぶ。批判派に対しても、いかなる抵抗も許さない姿勢を改めて伝えることができる。

香港に約束した高度の自治を守れと諸外国から迫られても、習政権はずっと無視してきた。新華社通信によれば、今回も外務省の趙立堅(チャオ・リーチエン)副報道局長は「(香港問題は)純粋に中国の内政問題」であり「いかなる外国も干渉する権利はない」と述べている。

諸外国にできることは限られている。香港に対する主権は23年前から中国にあるので手を出せないし、中国の領土に軍隊を出すという選択肢もあり得ない。

ドナルド・トランプ米大統領も介入には及び腰だ。国家安全法についても、「実際にそうなったら極めて強い取り組みをする」と述べるにとどめている。

そもそもトランプ政権は、人権問題を敵対国家との駆け引きに使える戦術的なものと位置付けている。そしてロシアやサウジアラビア、トルコ、エジプトなどの強権的な政権の肩を持つ。

その一方、今秋の大統領選で激突するはずの民主党候補ジョー・バイデン前副大統領に対しては「中国に甘い」と攻撃している。大統領だけでなく、政府高官の頭にも選挙のことしかない。諸外国の首脳も、今のトランプ政権は11月の選挙に勝つことしか考えていないと割り切っている。

<香港への経済的依存はすでに大幅減>
アメリカ議会が理性的に行動する見込みもない。「弾圧を糾弾する」決議案や、国家安全法の施行に関与する中国側当局者と関連企業への制裁が提案された程度だ。

実効性のある経済制裁も望めない。たとえアメリカが中国に経済戦争を仕掛けても、中国は一歩も引かず、その政治目標に向かって突き進むだろう。ベネズエラでもイランでも北朝鮮でも、トランプ政権による「最大限の圧力」は失敗の連続だ。

一方で経済制裁の強化はアメリカ企業に深刻な影響をもたらす。新型コロナウイルスの感染拡大で止まった経済活動の再開を急がねばならない時期に、それは避けたい。

それに、再選を期すトランプとしては一刻も早く中国との貿易協定をまとめ、自らの貿易戦争が招いた経済的損失を帳消しにしたいところだ。新疆で膨大な数のウイグル人が「再教育」キャンプに送り込まれても中国を非難しなかった政権であり、議会である。同じ中国領の香港での中国政府の横暴を止める姿は想像し難い。

アメリカ側に打てる手があるとすれば、香港に対する貿易上の優遇措置を定めた「香港人権・民主主義法」だ。この特別待遇は、香港に一定の自治が存在することを前提としている。自治がなくなれば、香港も中国本土と同様、高率関税などの対象となる。現にマイク・ポンペオ国務長官は5月27日にこの法律を持ち出して、今の香港で「高度な自治が維持されているとは言えない」と警告している(編集部注:トランプは30日、優遇措置を停止し、中国当局者に制裁を科す方針を発表した)。

しかし優遇措置を取り消した場合に最も困るのは、中国政府ではなく香港の人たちだろう。アメリカ政府は日頃から、そういう現地の事情を無視しがちだ。しかし今回に限って言えば、まず香港市民と香港にいる多国籍企業に及ぼす甚大な影響を熟慮してから動くべきだった。

そもそも中国政府は、ポンペオの警告など軽く受け流すだろう。この20年で中国経済は劇的な急成長を遂げ、香港への経済的な依存を大幅に減らしている。1997年には香港が中国全体のGDPの20%弱を占めていたが、今は約3%だ。もちろん無視できる存在ではないが、中国政府がその政治的な意思を貫徹するためなら、香港の経済力低下もやむなしと判断するだろう。

そうは言っても、国際的な金融センターとしての香港の役割は依然として重要だ。国際NGOのホンコン・ウォッチも、「アジア太平洋地域における傑出した金融サービスの中心地として、香港は今なお中国政府にとっても世界にとっても重要な役割を果たしている」とみる。

<香港の「本土化」にブレーキをかけるには>
また中国企業によるIPO(新規株式公開)の4分の3近くは香港市場で行われているから、香港が「欧米の投資家にとって、中国本土市場へのアクセスを獲得する上で好適なルート」である事情に変わりはない。こうした点を考慮すれば、中国政府が香港の「本土化」にブレーキをかける可能性も残されている。

だからこそ、ポンペオの発言は拙速だったと言える。国家安全法の新たな条文が作成され、正式に施行されるのは夏の終わりだろう。それまでの間、米中両国には交渉の時間がある。香港人権法の発動はアメリカにとって最後の、そして最大の切り札だ。

<レッドラインを定めよ>

切り札は有効に使わねばならない。中国側が結論を出すまで、アメリカ政府は手の内を明かしてはならない。まずはヨーロッパやアジアの同盟諸国と歩調を合わせ、共通のレッドライン(越えてはならない一線)を定めるべきだ。その上で、もしも中国がこのまま強硬路線を突き進むなら、世界の主要国は一致団結して、香港に対する経済面の優遇措置を取り下げると警告すればいい。

そうして世界中で中国に対する反発が強まれば、今までは中国の顔色を気にしていた企業や投資家も逃げていくだろう。それこそが中国の恐れる事態であり、そうなれば中国政府も強硬路線を見直す可能性がある。国家安全法の適用という大筋は変えないまでも、深刻な影響を与えそうな条項を削除するなどの妥協に応じる可能性がある。それでも中国政府がレッドラインを踏み越えたら? その時は国際社会が団結して、強硬な対応を取るほかない。

そうなれば「香港は終わりだ」と言ったのは、民主派の立法会議員・郭栄鏗(デニス・クォック)。その先に見えるのは誰にとっても最悪の展開だ。あえて「一国二制度」の約束を破り、経済面の深刻なリスクを冒してまで香港に本土と同じ強権支配の構造を持ち込むようなら、習の中国は今後、一段と敵対的な反米・反民主主義の道を突き進むことだろう。

あいにく習には争いを避けようという意欲がほとんど見られない。協力が必要なのは言うまでもないが、中国人民との良好な未来を築くためにも、今こそ習近平の暴走を止める必要がある。(Yahoo!より抜粋)



【田村秀男のお金は知っている】中国“自爆”覚悟の香港支配 米は切り札「香港人権民主法」習氏の喉元に刃を突きつけ

2020.5.30 10:00 |経済 |金融・財政

●G フG中国の対内外直接投資に占める香港シェアカラー

 北京で開かれている共産党主導による全国人民代表大会(全人代)では、習近平政権が香港に対して国家安全法適用を決める構えだ。トランプ米政権は香港の高度な自治を認めている「一国二制度」を骨抜きにすると反発し、対中制裁を辞さない姿勢だ。

 トランプ政権は2018年に米中貿易戦争を仕掛けて以来、中国にハイテクと並んでドルを渡さない決意を日々刻々強めている。

 実のところ、中国からの資本逃避も、中国本土への外国資本による投資も香港経由である。実質的にはドル本位の通貨・金融制度の中国にとって国際金融センターの香港は死活問題だ。

 だからこそ毛沢東以来、歴代の共産党指導者は「自由な香港」を容認してきた。ところが習氏はその香港を全面支配しようと焦る。

 これに対し、ワシントンには切り札がある。米議会が昨秋、成立させた「香港人権民主法」である。トランプ氏はこの法により、いつでも習氏の喉元に刃を突きつけることができるのだ。

 同法は、香港が中国政府から十分に独立した立場にあり、優遇措置適用に値するかを国務長官が毎年評価するよう義務付けている。米国は、香港で人権侵害を行った個人に対する制裁や渡航制限を課すことができる、というのが一般的に報じられている概要だ。

 同法の条文に目をこらすと、メガトン級破壊兵器の起爆装置が仕込まれている。「1992年香港政策法」修正条項である。

 香港政策法とは97年7月の英国による香港返還に合

わせて92年に成立した米国法で、香港の高度な自治の維持を条件に、香港に対する貿易や金融の特別優遇措置を、対中国政策とは切り離して適用することになっている。

 優遇措置は通常の国・地域向けの場合、貿易、投資、人的交流が柱になり、香港も例外ではないのだが、ただ一つ、香港特有の項目がある。それは「香港ドルと米ドルの自由な交換を認める」となっていることだ。

 「92年香港政策法」の修正条項で、米政府は香港の自治、人権・民主主義の状況によっては「通貨交換を含む米国と香港間の公的取り決め」も見直し対象にできるようになったのだ。

 香港の通貨金融制度は「カレンシーボード」で、香港金融管理局が香港ドルの対米ドル・レートを固定し、英国系の香港上海銀行、スタンダードチャータード銀行と中国国有商業銀行の中国銀行の3行が、手持ちの米ドル資産に見合う香港ドルを発行する。つまり、香港ドルを米ドルに自由に交換できることが前提となっている。

 中国本土への海外からの対中直接投資や本土からの対外直接投資の6割以上は、香港経由である(グラフ参照)。

 香港ドルが米ドルとのリンクを失えば、香港は国際金融センターではなくなる。香港に拠点を置く日米欧の企業、銀行にとっても打撃になるが、同時にそれは、ドル本位である中国経済システムの崩壊危機を招きかねない。

 習政権は「自爆」リスクを冒すほど追い込まれているのだ。 (産経より抜粋)

【新聞に喝!】コロナ後の「日中関係」議論を ブロガー・投資家・山本一郎


 新型コロナウイルス禍で順延になっていた中国の全国人民代表大会(全人代)が28日終幕を迎えました。超大国としての歩みを続ける中国の考えを幅広く知ることができたという意味で、日本人としても大変興味深く、有意義な内容だったのではないかと思います。産経新聞でも「『中国ウイルス』反論に全人代利用 沈黙の研究者も登場」(「産経ニュース」27日)など、新型コロナや香港を含むいま中国が抱える問題について詳細を報じています。

 わが国と中国の関係については、主に秋以降の国賓来日が予定される習近平国家主席の動向に非常に高い関心が寄せられています。新型コロナの震源地としての問題には明確に責任論を否定しつつ、むしろ一足先にコロナ危機を脱した自信も垣間(かいま)見える発言が繰り返されるたび、今後激化するであろう米中間での新たな冷戦構造において日本がどのような役割を担えるのか思案することしばしです。

 民主主義国として、香港や台湾、南シナ海のみならず、中国国内の新疆ウイグル、チベット問題などの人権抑圧問題について日本の立場を明確にすべきである一方、米国との対立が激化途上にあるとはいえ日本にとって中国は最大の貿易相手であり、安全保障上の問題と経済の互恵的関係とを天秤(てんびん)にかけつつ真意を適切につかみ取る対話を続けていかなければなりません。

 しかしながら、日本は対米では非常に重厚な政治面、学術面での交流がある傍ら、対中外交では自民党の二階俊博幹事長や公明党の山口那津男代表を除けば、中堅議員ですら胸襟を開いて日中間の国益や障害について中国と話し合える政治家を育成できていません。古くは日中友好人士と目されてきた人たちが重ねてきた相互の信頼を抜きに、習主席の来日に向けて日本がどのような要望を出し、中国との間の利害調整をきちんと進めて着地点を模索するのかいまなお曖昧なままです。

 中国市場は相変わらず閉鎖的かつ統制されたままで日本企業が安易に立ち入れず、日本人は折に触れ拘束され、尖閣諸島にはまるで米国の防衛ラインを探るかのように中国船がやってきます。日本に対するサイバー攻撃も相応に行われ続けている状況で、わが国は中国に何を求めて習主席来日を計画するのかが問われています。メディアもコロナ後さらに国力を増す中国の意図をよく把握し、その向こう側に日中間のあるべき関係を議論し、また米中対立新時代の日本の立ち位置を考えるべきではないかと思います。(産経より抜粋)
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